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大阪地方裁判所 昭和53年(ワ)2267号 判決

原告

山田勝久

右訴訟代理人弁護士

稲田堅太郎

(他二名)

被告

河内信用組合

右代表者代表理事

才野木由造

右訴訟代理人弁護士

大井亨

田川高史

右当事者間の頭書事件につき当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立

一  原告

1  原告は被告の従業員であることを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文と同旨。

第二主張

一  請求の原因

1  被告(以下、被告組合又は組合ともいう)は、中小企業等協同組合法に則って設立された信用組合であり、原告は、昭和四一年一一月、被告に雇傭され、昭和五二年三月当時、被告組合藤井寺支店支店長代理職として勤務していた。

2  被告は、同月二四日、原告に就業規則四五条二号、八号、一〇号に該当する行為があったので、同規則四六条により懲戒解雇したとして、原告が被告の従業員であることを争っている。

3  よって、原告は被告に対し、原告が被告の従業員であることの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1、2は認める。

三  抗弁

被告は、昭和五二年三月二四日、原告に対し、就業規則四五条二号、八号、一〇号、四六条を適用して、原告を懲戒解雇する旨の意思表示(以下、本件解雇という)をした。

1  本件解雇事由

(一)(1) 原告は、昭和五一年一一月一九日午後五時一〇分頃、被告組合藤井寺支店応接室において、被告及び取引先の機密を他に漏らすことを企図し、担当役席者らに無断で、右支店の手形貸付金元帳を持出してそのコピーを作成した。

(2) 右支店支店長代理田中成幸は、原告の右行為を目撃し、原告からコピーを取り返したが、その際、原告は、田中に対し、「組合の不正貸出を検察庁に暴露してやる、組合役員は不正貸出で私腹を肥やしている」などと事実を歪曲した暴言を吐いた。

(3) 原告は、同月二〇日、被告組合調査役津田竹夫から「昨日の君のとった行為はもっての外である。コピーを上司に無断でなし、かつ持出そうとしたことについての理由書を提出するように」と言われたのに、これに従わなかったばかりか、矢庭に津田に襲いかかり暴行を加えようとしたが、田中に抱き止められたため漸く留まった。

(二)(1) 原告は、昭和五二年二月一〇日、被告組合藤井寺支店の得意先であり、被告組合の総代でもある平岡英五が右支店を訪れた際、同人に対し、右支店店頭において、他に客がいたにもかかわらず、「当店取引先の大石、大薗ら窪田関係につき、当組合は不正貸出をしており、第二の弘容事件になる」などと事実無根のことをあたかも真実のごとく歪曲して告げた。

(2) 原告は、同月二三日、右支店を訪れた平岡から原告の右発言について「弘容の二の舞とは何という事を言うのだ」と詰問されるや、「そんなことを言ったかなあ」と前言を翻し、惚けた様な返事をしたため、さらに平岡から「自分は君が言いもせぬことを言ったという筈がない」となじられたのに対し、「あんたは喧嘩をするつもりか」と怒声をあげた。

(3) 原告は、同年三月七日、被告組合藤井寺支店長、谷口人事部長、津田調査役から、平岡に対する前記言動は客に対する正常な応対ではなく、また、虚偽の事実を外部の者に告げたことは非常識極まるものである旨注意されたが、「平岡もグルだ」と放言し、反省の色はなかった。

2  本件解雇決定に至る経緯

(一) 被告は、原告の実父山田源三郎の依頼により、原告をいわゆる縁故採用した。ちなみに、右山田源三郎は、原告採用当時、被告組合藤井寺支店長であり、昭和四三年五月から昭和四九年五月まで被告組合理事を務め、その後相談役に就任し、退職したものである。

(二) 被告は、縁故採用した職員には一般職員よりさらに真面目な勤務態度をとることを望んでいたが、原告は、被告の期待に反し、就業規則四五条一号(正当な理由がなくまたは事由を偽って、しばしば欠勤、遅刻、早退し、または就業時間中無断外出するなど勤務状況が著しく悪いとき)、二号(組合又は取引先の機密を他に漏らしたとき)、六号(組合の経営方針、営業目的に反する行為による業務を妨げ、又は妨げることを援けたとき)、八号(組合、役職または取引先に関する事実を歪曲して流布しその名誉又は信用を傷つけたときあるいはこれにより職場秩序を乱したとき)、一〇号(前各号のほか、就業規則その他の服務に関する諸規定示達に違反し、又は故なく組合の指示命令に従わず規律を乱したとき、並にこれに準ずる行為をなしたとき)に該当する非行を繰返し、その都度上司に反抗する態度を露骨に示し、一向に反省の色がなかった。

原告が本件解雇前約一年間に犯した本件解雇事由以外の就業規則違反行為は、次のとおりである。

(1) 被告組合藤井寺支店長は、それまでに、二、三軒の得意先から、「原告は集金に来ても絶えず態度が落付かず、集金を終え一度辞去してからも、用もないのに引返し、家の中を見回すなど、怪しからん」との苦情を受けていたので、昭和五一年四月六日、原告に対し、注意を与え職員としての心得を説諭したところ、原告は右支店長に対し、「得意先の誰が言ったのか」とくってかかり、「俺は百点満点の人間だ」とうそぶき、全然反省の色も示さず、右注意に反抗し(就業規則四五条一〇号違反。以下、何号違反という)、同日午前九時五〇分、突然「関係先を廻る」と言い休暇届を出して退出した(一号違反)。

(2) 同月七日、右支店長は原告に対し、「昨日君がとった態度は職員として誤った行為である、もっと慎しむように」と注意したところ、原告は、反省しないばかりか右支店長に対し、「昨日は政党関係者や知人の所を廻り、組合の不正を告げて来たのだ、これは組合職員として、出資者として当然の行為だ」と述べ、さらに「俺は何も悪いことはしていない、支店長も不正貸出の一味で私腹を肥やしている」とありもせぬ事実を暴言をもって吐き、上司に反抗的態度をとり、上司の当然の注意を無視し、上司に対して常軌を逸した言動をなした(八号違反)。

(3) 原告は、被告の監督機関である大阪府金融課に対し、同年一一月九日及び一二日の二度にわたり電話で、「被告は窪田関係に対し、多額の不良債権があり、これは組合本部役員が焦げつきを承知で貸出し、担保も充分受取っていないので未だに整理が出来ていない」との、既に解決処理済の事柄をあたかも現実に不正貸出があるかのごとく通報し、被告の信用を著しく傷つけた(八号違反)。

(4) 被告組合においては、職員が大阪府外へ外交用車輌で赴く場合、上司の許可を受けなければならないとの規定があるところ、原告は、同年一二月三〇日、右規定に違反し上司の承認を得ずに車輌で奈良県下香芝町へ赴き、その際、交通事故(人身事故)を起した。原告は、右支店長から、年末大繁忙の折、無許可で他県へ赴き、そのうえ交通事故まで惹起した事につき、厳しく注意され、その非を認めたが、右支店長は、原告が精神的に相当ショックを受けていることは察し、交通事故の再発を防止する趣旨も兼ね、好意的に原告を内勤の預金係に配置換えした。しかるに、原告は、右温情処置を不満とし、昭和五二年一月から二月にかけて、同僚らに「自分は満点の人間なのに自分を陥れるため支店長がやったのだ」などと放言し絶えず自席に落着かず、用もないのに店内をうろつき、応接室に勝手に入ったり、また、無断で職場を放棄して外出するなどの行動を繰返し、上司の注意を聞かず反抗した(一号、一〇号違反)。

(5) 原告は、同年三月九日、大阪府金融課に対し、電話で、松原の鈴木という仮名を使って、「組合に不正がある。富田林支店では職員の使い込みがある」との通報をし、もって被告組合の信用を傷つけるような歪曲した事実を監看機関に告げた(八号違反)。

(三) 被告は、本件解雇事由となった非行及び右(1)ないし(5)記載の非行をもって、原告を懲戒解雇するに十分であるが、原告の将来を慮り、原告が自発的に退職届を出せばこれを受理してやりたいと考え、昭和五二年二月三日、原告の実父山田源三郎に従来の経過を詳細に説明したうえ、「被告の方で暫く休職という措置をとるので、その間に適当な就職先を見付け、被告の方には退職届を出すようにしてもらったらどうか、その旨原告を説得してもらいたい」と申入れたが、結局、右源三郎の諒承を得られなかった。

しかし、被告は、原告の実父が多年に亘り被告組合に功績があったので、これに報いるためにも原告に対する懲戒解雇処分を回避したいと考え、同年三月一七日、被告組合才野木理事長は、自宅に原告を呼び、原告の就業規則違反をあげ、原告の反省を求めたが、原告は理事長に対し、暴言を吐き、いささかも反省の態度を示さなかった。そこで、理事長は、これ以上説得しても無意味であると考え、原告に対し、「君が態度を改めない限り、引続き在職させることが出来なくなるのではないか」と申し向けたが、原告はその態度を改める気配はなかった。

被告は、原告の態度が右のごとくではあったが、暫くは理事長の肚で押さえ様子を見ることとしていたところ、同月一八日、原告は被告組合本部に電話で、「本日午前九時三〇分までに解雇辞令を出せ」との一方的な申入れをなし、さらに同日午前一〇時頃、被告組合本部へ赴き「一体解雇の辞令はいつ出すのか、早く出せ」と喚き立てた。これに対し、谷口人事部長、村上同副部長は、原告の前記行為はすべて就業規則違反の行為であり、特に本件解雇事由となった行為だけでも十分懲戒解雇理由になることを指摘し、さらに原告を解雇するとの指示は未だ受けていないが、そのようなことを考えず、退職届を出して円満に退職することを考えたらどうかと慰留したが、原告は、「退職届を出すよりも懲戒解雇にしてもらう方が有利だ、早く出せ」と暴言を吐いた。

その後、原告は被告に対し、しきりに「早く懲戒解雇せよ」と迫った。これに対し、被告は、暫くは様子を見ようと考えていたものの、このままにしておくことは他の職員に及ぼす影響も無視できない状況となり、労働基準監督署の意見を聞いたうえ、同月二二日午前一一時頃、被告組合理事長及び専務理事が協議し、原告を懲戒解雇することに踏み切ったのである。

そして、被告組合藤井寺支店長は、同月二四日右支店応接室において、原告に対し、本件解雇通知書を手交し、村上人事副部長から本件解雇事由を説明して告知したものである。

3  解雇条項の適用

原告の本件解雇事由1(一)(1)の行為のうち、取引先の機密を他に漏らすことを企図したとの点は就業規則四五条二号に、無断で手形貸付金元帳を持出し、そのコピーを作成したとの点は同条一〇号に、同(2)の行為は同条八号に、同(3)の行為は同条一〇号に、本件解雇事由1(二)(1)の行為は同条八号に、同(2)及び(3)の各行為はいずれも同条一〇号にそれぞれ該当するので、就業規則四六条一項により、原告を懲戒解雇したものである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁冒頭記載の事実は認める。

2(一)(1) 同1(一)(1)のうち、被告主張の日時頃、同主張の場所において、被告組合藤井寺支店の手形貸付金元帳のコピーを作成したことは認め、その余は争う。

原告は、当時、右支店支店長代理をしていたものであるところ、支店長代理は、その職務が支店長、次長を助け、代理補以下の判定事務を行うものである関係から、金庫の鍵を預り、その開閉をすることができ、また、預金通帳、預金証書、その他重要な書類に被告組合の証印や支店長印など被告組合にとって重要な印鑑を押捺し、各係の作成した書類や元帳に押捺された印の検印をすることもできた。したがって、支店長代理としての原告が代理補以下の職員の仕事ぶりや預金貸出の動態などを調査し、気を配ることは当然のことであり、時には各係の書類を検査する必要もあった。原告が本件コピーを作成したのもそのためである。

また、被告組合の職員は、店舗内において、通常、係の者に声をかけずに手形貸付金元帳を持出し、そのコピーを作成することがしばしばあった。

さらに、原告がコピーを作成した手形貸付金元帳の部分は、いわゆる窪田関係の貸付書類であり、右貸付が不正貸付であることは、被告組合内部で問題となっていたものであり、誰一人として知らない者がないくらいであった。したがって、原告が右書類をコピーし、仮にこれを第三者に漏らしたとしても、直ちに、「組合、取引先の機密を他に漏らす」ことにはならない。

(2) 同1(一)(2)のうち、原告が田中に対し、被告主張のような暴言を吐いたとの点は否認する。

(3) 同1(一)(3)のうち、被告主張の日に津田調査役から理由書の提出を求められたことは認め、原告が同人に対し、暴行を加えようとしたとの点は否認する。

かえって、津田調査役は、原告に対し、口汚くののしるようなことを述べた。

(二) 同1(二)(1)ないし(3)は否認する。

3(一)(1) 同2(二)冒頭記載の事実のうち、就業規則の規定が存在することは認め、その余は争う。

(2) 同2(二)(1)ないし(3)はいずれも否認する。

(3) 同2(二)(4)は否認する。

原告は、内勤になってからでも特別の取引先については引続き訪問していたものであり、内勤になったことについて不満の生じる余地がなかった。

(4) 同2(二)(5)は否認する。

4  同3は争う。

五  再抗弁

原告は、被告組合に採用されて以来今日に至るまで、業績も他の職員に比較して優れており、まして被告主張のような就業規則違反の行為をなした事実もないのであるから、本件解雇は、解雇権を濫用した無効のものである。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁は否認する。

原告は、前記のごとく職場秩序を乱し、かつ反抗的な言動をたび重ねてとり、何回にも上る上司の注意を無視し、右言動を改めず、加えて被告組合が温情的に懲戒解雇処分の回避を図ったにもかかわらず、これに応じなかったのである。被告は、このような事実からして、原告は反規範的性格を有し、矯正不能であり、被告組合に原告を勤務させることは経営秩序の維持上、重大な支障を招来すると判断し、本件解雇をなしたものであり、決して解雇権の濫用にわたるものではない。

第三証拠(略)

理由

一  請求原因1、2については当事者間に争いがない。

二  抗弁のうち、被告が昭和五二年三月二四日、原告に対し、就業規則四五条二号、八号、一〇号、四六条を適用して、原告を懲戒解雇する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

そこで、本件解雇の理由たる事実の存否及び本件解雇決定に至る事情について検討する。

1(一)  本件解雇事由(一)について

(書証・人証略)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。

原告は、昭和五一年一一月一九日午後五時一〇分頃、被告組合藤井寺支店の貸付係に保管されている手形貸付金元帳を上司又は右係の承諾を得ることなく、また、原告の担当する外交係としての職務上も何ら必要がないのに、ほしいままに持ち出し、右支店応接室において、同室に設置されている複写機を使用して、右元帳中の大石スエ子、大薗敏子らの部分のコピーを作成した(右日時頃、右場所において、右元帳のコピーを作成したことは当事者間に争いがない)。

右支店支店長代理田中成幸は、原告が右元帳を持って応接室に入るのを目撃し、原告が右元帳の内容等を他に漏らすためにそのコピーを作成しているのではないかと直感して、直ちに応接室に入ったところ、原告が右元帳のコピーを作成していたので、これをやめるよう、また、組合の秘密を他に漏らすとどういうことになるか知っているかなどと忠告した。原告は、これに対し、「組合における私の評価が非常に悪い、その名誉挽回のためにやるのだ」「組合内の秘密を他にもらすとどういうことになるか知っている、それを承知でやっている」と答えて右コピーの作成をやめなかった。そこで、田中は、上司の被告組合調査役津田竹夫に原告の右行為について報告し、津田調査役は即刻、応接室に赴き、コピーを作成している原告に対し、右行為をやめるよう忠告したところ、原告は右コピーの作成をやめた。そして、その際、田中は、原告が既に複写し終えていた右元帳のコピーを原告から回収した。

津田調査役は、その場で原告に対し、右元帳のコピーを作成していた理由を聞くと共に、翌日(二〇日)の午前中までに右理由を書面にして提出するよう命じ原告はこれに同意した。

同月二〇日午前九時頃、津田調査役は原告に対し、右理由書を提出するよう催促した(ただし、右同日、右理由書を提出するよう言ったことは当事者間に争いがない)ところ、原告は、右理由書を提出する期限は二二日(月曜日)であった旨主張して右理由書を提出せず、かつ、何ら理由もないのに大きな声を出して津田調査役の襟首をつかみ、さらに暴行を加える気配を示したが、これを目撃した田中によって抱き止められたため右以上の暴行を加えることはなかった。

なお、被告組合において、手形貸付金元帳のコピーを作成する場合には、右元帳を保管する担当係に申し出て右コピーの作成を依頼するか、又は自ら右コピーを作成する場合には、支店長、次長、調査役に申し出て右コピーを作成することについて許可を得なければならないとされ、そのように実行されていたものである。

以上の事実を認めることができ、(書証・人証略)は前掲各証拠に照らしてにわかに措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

しかして、本件全証拠を精査するも、被告主張の解雇事由(一)(2)のうち、原告が田中に対し、被告主張のような暴言を吐いたことを認めるに足る証拠はない。

(二)  本件解雇事由(二)について

(書証・人証略)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。

平岡英五は、被告組合藤井寺支店との間に平岡の製造販売する商品に関する取引があると共に、昭和四二年頃から被告組合の総代の地位を有するものであるが、昭和五二年二月一〇日、平岡が所用のため被告組合藤井寺支店を訪れた際、原告は平岡に対し、右支店事務室内において、「実は、ある男性が女性の名前で、被告組合から金を借りている。女性の方はこういうことを知らないのではないか、こんなことをやっていては第二の弘容となるのと違いますか」などと告げたので平岡は原告に対し、「山田君あんたはここの職員や、そういうことをいうのは良いことやない、真面目にやってしっかり預金を集めて頑張りなはれ」と伝えたが原告は、「わしは気にくわん」と答えた。

なお、「弘容」とは、当時、新聞紙上などで取沙汰されていた不正貸付事件を起した金融機関の略称であるが、被告組合において、その頃、右のような不正貸付事件が発生し、或はその疑いがもたれるという状況はなかった。

さらに、平岡は、原告の右発言が気掛りとなっていたので、同月二三日、右支店を訪れた際、原告に対し「山田さん、第二の弘容になるということを今も考えているのか」と尋ねたところ、原告は「そんなことを言ったかなあ」と惚けたような返事をしたので、平岡は原告の右態度に立腹し、「山田君、あんた何を言うんや、あんたが言わんことを俺が何で言うんや」と声を大きくして詰め寄った。原告はこれに対しても、「急に何を言いますねん」「喧嘩を売りに来やはりましたのか」と相変らず惚けた応答をしたが、特段に興奮し、怒声をあげるということはなかった。

以上の事実を認めることができ、(書証略)は前掲各証拠に照らしてにわかに措信し難い。

しかして、本件全証拠を精査するも、被告主張の解雇事由(二)(3)の事実を認めるに足る証拠はない。

2  本件解雇決定に至る事情

(一)  抗弁2(一)は、原告において明らかに争わないから自白したものとみなす。

(二)  (書証・人証略)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。

原告は、被告組合に採用されて後、本部総務部、富田林支店、長野支店、道明寺支店、更池支店において貸付係、得意先係、預金係などとして勤務し、昭和四八年九月、藤井寺支店へ転任し、昭和四九年一〇月から支店長代理として、主として外交業務に携っていた。

原告は、右各支店等における勤務期間中、譴責など懲戒処分を受けたことがなく、かえって、預金増強運動に際し、預金獲得に優秀な成績を示したなどの故をもって、被告組合理事長賞、支店長賞を受けたことがあった。しかし、原告は、前記認定のような非行を犯し、さらに、昭和五二年三月九日、被告組合の監督機関である大阪府金融課に「松原の鈴木」という仮名を使い電話で、「被告組合に不正がある。富田林支店では職員の使い込みがある」との事実に基づかない通報をすることがあった。

被告組合は、前記認定にかかる非行及び右非行を重視し、同年三月一六日には被告組合赤路専務理事が、また、同月一七日には才野木理事長がそれぞれ原告と直接面接して原告の右非行を改めるよう忠告、指導した。しかるに、原告は、右各非行を反省する態度を示すこともなく、かえって、才野木理事長から、右のような非行が重なれば辞めてもらわなければならないことになると告げられたことから、三月一八日午前、被告組合本部へ赴き、谷口人事部長及び村上同副部長に対し、形相を変え、語気鋭く、あたかも不逞の輩のような態度で、懲戒解雇にするなら早く辞令を出すようにと申し入れた。そこで、谷口人事部長は原告に対し右の点について才野木理事長から何の連絡もないこと及び原告の犯した就業規則違反の事実を指摘し、円満に任意退職してはどうかと勤めたが、原告はこれを聞入れなかった。

被告組合は、原告の父源三郎が多年に亘り被告組合に功績があったことを考慮し、原告を懲戒解雇することをでき得る限り回避したいと考え、前記のごとく理事長らによって忠告、指導することを試みたのであるが、これも功を奏さず、かえって原告が右のような態度をとるに至ったので、今後原告がその言動を改めることを期待できないと判断し、念のため、原告を懲戒解雇することが適法であるかどうかについて労働基準監督署の行政指導を受けたうえ、原告を懲戒解雇することに決定した。そして、被告組合は、同月二四日、原告に対し、懲戒解雇する旨の解雇通知書を手交し、解雇予告手当金一五万八五二〇円を提供したが、原告が右手当金の受領を拒否したので、右金員を弁済供託したものである。

以上の事実を認めることができ、(書証・人証略)は前掲各証拠に照らしてにわかに措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

なお、被告が原告の就業規則違反の行為として主張する抗弁2(二)(1)ないし(4)の非行は、本件全証拠を精査するも認めることができない。

三  以上に認定した事実に基づいて、本件解雇の効力について判断する。

1  被告組合の就業規則(書証略)によると、同規則四五条は、「職員で次の各号のいずれかに該当する者は、その軽重にしたがいこれを懲戒する」とし、その各号の規定として、二号に「組合又は取引先の機密を他に漏らしたとき」、八号に「組合、役職または取引先に関する事実を歪曲して流布しその名誉又は信用を傷つけたとき、あるいはこれにより職場の秩序を乱したとき」、一〇号に「前各号のほか、就業規則その他の服務に関する諸規定示達に違反し、又は故なく組合の指示命令に従わず規律を乱したとき、並にこれに準ずる行為をなしたとき」と規定し、つづいて、右規則四六条は、懲戒の方法として「懲戒は、戒告、譴責、降格および懲戒解雇とする」と規定している。

2  まず、前記二1(一)認定にかかる事実について考察する。

(一)  原告が大石スエ子らの手形貸付金元帳のコピーを作成した目的は、右認定にかかる原告の田中に対する言動及び前記二1(二)認定にかかる原告の言動を総合すると、右元帳の内容を他に漏らすことにあったと推認することができ、これに反する(書証・人証略)は採用し難く、また、右元帳の内容に、被告組合において、取引先との機密に属する事項として保護されねばならないものということができる。

被告は、原告が取引先の機密を他に漏らすことを企図したとの右行為をもって、就業規則四五条二号に該当する旨主張するのであるが、右規定は、その明文上明らかなごとく、組合又は取引先の機密を他に漏らすという行為を了することを要するものというべきところ、原告の右企ては結局、田中が未然に防止したことによって未遂に終ったものということができ、そうすると、原告の右行為をもって未だ右規定に該当するものということはできない。

(二)  しかし、原告が右元帳を無断で持出し、そのコピーを作成したとの点については、被告組合において右元帳のコピーを作成する場合、前記認定のような許可等の手続を要することからすると、就業規則四五条一〇号後段に該当するものということができる。

(三)  原告が津田調査役の指示に反し、理由書を提出しなかった行為及び津田の袴首をつかむという暴行を加えた行為は、いずれも就業規則四五条一〇号に該当するものということができる。

3  次に、前記二1(二)認定にかかる事実について考察する。

(一)  原告が何ら根拠なく平岡に対し、前記認定のごとく被告組合の業務措置について、第二の弘容となる云々と告げたことは、結局、組合及び取引先に関する事実を歪曲して流布し、その名誉及び信用を傷つけたものというべきであるから、就業規則四五条八号に該当するものということができる。

(二)  原告が昭和五二年二月二三日平岡に対してなした言動をもって未だ、就業規則四五条一〇号に該当するものということはできない。

4  そうすると、原告の本件非行は、就業規則四五条八号、一〇号に該当するので、被告はこれに対し、懲戒処分をすることができるものというべきである。そして、被告は原告に対し、懲戒解雇をもって臨んだのであるが、被告の右解雇の適否、すなわち、右解雇が懲戒権を濫用して行われたものというべきかどうか(再抗弁)について検討する。

被告組合は、金融機関という信用を最も重んずべき企業であることからすると、そこに勤務すべき従業員としては、その意義を十分理解し、被告組合の信用を毀損し、その利益に反する行為をしてはならない義務を負う(就業規則四条一号)ものというべきところ、原告の前記就業規則四五条八号違反の行為(平岡に対する「第二の弘容」に関する言動)は、何ら根拠がないのに被告組合の信用を毀損する言動に及んだという点において、悪質な従業員としての義務違反があるものというべきであり、加えて、前記説示のごとく、原告は、手形貸付金元帳を他に漏らす目的でそのコピーを作成し、さらに、何ら根拠がないのに被告組合の監督官庁に対し、仮名を使って被告組合に不正があるなどと電話した行為をも併せ考えると、原告は、将来においても被告組合の名誉及び信用を毀損するような行為を行う危険性は大きいものといわなければならない。

また、原告は、従来から上司の指示に容易に従わないところがあったことを十分に窺うことができる((人証略)及び弁論の全趣旨)ところ、本件非行は、単に理由書を提出するようにとの指示に従わず、規律を乱したばかりか、上司に対し暴行に及んだという点において、礼節を費んずべき金融機関の従業員、特に役席者として、許容し難い秩序違反行為であるというべきである。

さらに、被告組合は、原告の父との関係を重視し、原告に対し、その犯した非行を反省させることを主眼として努力したにもかかわらず、原告は、何ら反省の態度を示すことなく、かえって、被告組合理事長の発言をとらえ、熟慮することなく、感情のみを先行させ、かつ被告組合の従業員としてあるまじき態度をもって、結局のところ懲戒解雇処分を求めるかのごとき言動をとったことは、被告組合の従業員としての適格性を疑わせるに十分なものというべきである。

以上の諸点と原告本人尋問の結果に徴しても、原告が自己の非行に気付き、深く反省している状況は全く窺えないことを勘案すると、前記認定のごとく原告が被告組合において、預金獲得に優秀な成績を示したなどの故をもって表彰を受けたことがあったことを考慮しても、被告が本件非行に対し懲戒解雇をもって臨んだことは無理からぬところがあるというべき、懲戒権者たる被告の裁量権の行使に基づく処分が社会観念上著しく妥当を欠き、解雇権を濫用したものとまでいうことはできない。

他に原告の再抗弁を認めるに足る証拠はない。

四  以上の次第で、原告と被告との間の雇傭契約は、解雇によって消滅したものというべきであるから、原告の本訴請求は理由なきものとして棄却すべく、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 上田次郎 裁判官 松山恒昭 裁判官 下山保男)

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